徳光院 生田神社と神戸 三宮神社と神戸事件 大龍寺 湊川神社(湊川の合戦) 安養寺 広厳寺(千厳禅師) 大倉山 湊川公園 走水神社 モダン寺 関帝廟
* 湊川神社から北へ400mほどの大倉山麓に安養寺がある。 この寺は初め、尼崎大物(だいもつ)にあって、天暦年中に源信僧都の妹、安養尼の開基と伝える。 寺の境内には、藩主・青山幸利の墓がある。 元和3年(1617)から明和6年(1769)までは、神戸市域の多くが、尼崎城主の領内であった。 藩主、青山大膳亮幸利は、この地に楠公の墓所のあることを知り、その塚上に五輪塔を建て、梅と松の二樹を植えて墓標とした。 水戸光圀の建碑に先立つこと約20年であった。 青山幸利が、貞享元年(1648)、69歳で逝去の後、寺を尼崎から坂本村に移した。 これが当寺で、青山家の菩提寺とした。 大倉山の旧名を安養寺山というのはこのためである。 安養寺は戦時中強制疎開によって、ほとんど取り壊されたが、戦後、復旧した。 しかし、阪神淡路大震災で大被害を受けた。