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広厳寺山門
広厳寺山門

安養寺の西に、広厳寺(こうごんじ)、俗に楠寺と呼ばれ門構えの立派な寺がある。

薬師如来が本尊である。

この寺は、 後醍醐天皇の勅願によって元徳元年(1329)創建され、当時は七堂伽藍を完備して支房63もあり、寺域は方四丁に及んだという。

楠正成が、建武3年(1336)5月の湊川合戦に臨む前に、この寺に来て、明極禅師に問答して戦いにのぞんだと伝えられている。(「明極和尚行状録」)

しかし、この寺は楠公戦死の翌年、赤松範資の建立で、範資の没後その子光範が完成したもので、赤松氏ゆかりの寺というべきであると考えられている。(「大清和尚語録」)

なお、広巖寺の記録によると、楠木正成一族の自決の場は、当時、寺域内の無為庵(現在の湊川社殿にある遺跡「公殉地」)であったという。

境内に入るとは、大きな千巌宗般の碑が目に入る。

千巌和尚は、延宝年間(1673〜81)に広厳寺に来て、荒廃していたこの寺を再興した。

彼は、水戸光圀が楠公の建碑の志があることを知り、70歳余りでありながら度々江戸の水戸家を訪ね、その実行を依頼し、また備前岡山藩主は楠木正行の子孫であることを知り、江戸の岡山藩邸に池田綱政を訪れて建碑の協力を求めたという。

千巖宗般の碑から少し西には、梅の若木があり、その前に「南枝乃梅」碑が建てられている。

この梅の木は、水戸光圀建碑の際に楠公塚上で育っていた梅を当寺に移植し、その後、何度か接ぎ木をして現在に至ったとものとされる。

 
 
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