徳光院 生田神社と神戸 三宮神社と神戸事件 大龍寺 湊川神社(湊川の合戦) 安養寺 広厳寺(千厳禅師) 大倉山 湊川公園 走水神社 モダン寺 関帝廟
*安養寺、広厳寺の背後にある丘陵が大倉山である。 麓には、神戸文化ホールや神戸中央体育館、神戸市立大倉山図書館などが建てられ、市民に親しまれている。 大倉山は、明治8年(1875)官有地となり、その後、大倉財閥の大倉喜八郎(1837〜1928)が大部分を買い取り、別荘を建てたので、その名で呼ばれるようになった。 天正8年(1580)花熊城攻めのとき、池田信輝は、この山(広厳寺山)に砦を築いた。 南麓に広厳寺があったので、背後の山を広厳寺山と云った。江戸時代になると尼崎藩主が安養寺を建てたので安養寺山と呼んだ。 明治43年、楠町町有の土地とともに神戸市へ寄付され、翌年公園(約2万坪)として開放された。 大正6年、山頂に運動場が設けられたが、戦争中に高射砲台となり、戦後、再び公園として整備された。 現在、一部は野球場になっていると共に、「ふる里の森」が丘陵地にあり、各都道府県の樹木が、それぞれ県人会によって植えられた、緑豊かな公園となっている。 ジョギングや散歩、森林浴に適した市民の広場である。 また、大倉山公園には、幾つかの記念碑がある。大倉山公園碑、摂州矢田部郡坂本村址碑.初代兵庫県知事伊藤博文の銅像の巨大な台座(戦時中に供出、台座だけ)などである。