
兵庫県公館
* 相楽園から「JR元町駅」に向かう途中に、兵庫県庁がある。
明治6年(1873)、この地に兵庫県庁が移された。
兵庫県庁所在地の変遷を箇条書きにすると、次のようになる。
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慶応4年(1868)1月11日の神戸事件で、外国兵が神戸を占領していた1月15日に、伊藤俊輔は、新政府の東久世通禧(みちとみ)とともに、兵庫区切戸町にあった幕府の大坂町奉行所の勤番所 (兵庫城跡) に仮事務所を置き、新政府の仕事に着手。
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同月22日、兵庫県庁の前身である兵庫鎮台が置かれる。
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同2月2日、兵庫裁判所と改め、総督は東久世で、事務を内務・外務両局に分け、伊藤は外国事務局判事となる。
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同5月23日、兵庫裁判所は兵庫県庁と改称されて、俊輔は初代の知事となった。
明治元年9月18日、開港地に遠く不便なので、中央区多聞通(今の神戸地方裁判所)へ移転。
明治2年7月まで、伊藤知事は花隈の吟松亭(北長狭通6)を仮住居にした。
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明治4年(1871)、廃藩置県(3府302県)
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明治6年(1873)5月、現在の地(中央区下山手通4)へ移転した。 |
なお、県警本部東隣の兵庫県公館(旧兵庫県庁)は、明治35年(1902)に完成した、フランス・ルネッサンスの伝統を踏まえており、アーチを取り入れ、窓も特色がある名建築である。
レンガ造り2階建てで、平面はロの字型で中庭に面して廊下が走る。
神戸大空襲で壁を残して焼失したが、昭和27年に完全に復旧し、兵庫県庁舎として活用された。
昭和60年(1985)に、県政資料館・迎賓館の機能を備えた県公館となった。
この、建物の真南約100mに元町駅がある。